人は誰しも、寂しいという感情を持っています。

例えば、友達や恋人と別れて家に帰る時、楽しいことが終わってしまった時、夕方に夕日が沈んでいくのをみた時……。ふとなんとなく寂しい気持ちになることは、誰でも経験したことがあるでしょう。
しかし、誰かといても、何をしてても、なんとなくずっと寂しい気持ちがある。
そんな人は不安な気持ちでいっぱいになってしまいやすく、人間関係がうまくいかないことが多いかもしれません。

どうしていつも寂しくなって、誰かを求めてはうまくいかない関係を繰り返してしまうのでしょうか。

いつも寂しさを感じており、満たされない

誰かと一緒に楽しく過ごしていても、なんとなく不安な気持ちがあってもっともっとと求めてしまう。
反対に、満たされているはずなのに足りない感じがして、それならばと突き放してしまう。
自分の気持ちをうまく伝えられず抑えてばかりいるので、誰とも深い関係が築けないでいる。

いつも何かが足りない感じがしており、一人で居ても寂しいから誰かと一緒にいたい。でも誰かと一緒にいても一人きりのような気持ちになってしまって、うまくいっていたはずなのに自分の手で壊してしまうばかり。
生きづらくて、どうしてうまくいかないんだろうとしんどくなる。

そんな極端に寂しがり屋な人たちは、自分のこころの中の<安全基地>がうまく作られていないのかもしれません。

安全基地とは

安全基地とは、自分が安心して心地よく過ごせると感じる人や環境のことを指します。

本来は小さな子どもとその養育者の間の関係を考える時によく使われる言葉です。
例えば、子どもたちは小さなうちは大人のそばを離れようとしませんが、そのうち外の世界に強い興味を示し、いろんなことを試してみるようになります。触ってみたり、口に入れてみたり、気になるところへ行ってみたり、自分の興味の赴くままに養育者から離れて動き回ります。そうして養育者から適度な距離を取って色々なことをやってみて、離れている時間が長くて心細くなったり困ったことがあったりするとすぐに養育者の元に戻れるように動いています。
これが、養育者を安全な基地として持っておいて色々な経験をしているような機能として捉えて、<安全基地>という概念が説明されています。

離れているうちに心細くなっても、安全基地に戻ったら養育者があたたかく接してくれる。
困ったことがあっても、安全基地に戻ったら養育者が何とか解決してくれる。
嫌なことがあっても、安全基地に戻ったら養育者が慰めてくれる。

こうして自分が自分のままで守られている、愛されている、応援されているという感覚を得ることで、私たちはいろんなことに挑戦して失敗してを繰り返しながら成長していきます。
それでも、いつまでもいつでも養育者が近くに居られるわけではありません。私たちはその成長の過程で、これまで外に求めていた安全基地を自分の中に取り込んでいくことになります。安全基地がどんなものなのかは、それまでの経験で分かっているので、自分の中にも明確にそれを持って自立して生きていけるようになるのです。

しかし、こうした安全基地が小さいころに機能していない場合があります。
求めた時に養育者が応えてくれない経験が多かったり、危険なことから守ってもらえなかったり、時と場合によって対応が違ったり、そんな不安定な基地にずっと居ると、自分の中に作られるはずだった安全基地も同じく不安定なものになってしまいやすいです。

こうした安全基地が不安定な人には、どんな特徴がみられるのでしょうか。

安全基地が不安定な、極度な寂しがり屋の特徴

自己肯定感が低い

安全基地が不安定だと、自分がそのままで大切にされる、という感覚を得られません。
そのため、ありのままの自分を認める自己肯定感が低くなりやすくなってしまいます。

自分に自信が持てず、自分は大切にされない・自分には価値がないと自己否定を続けることで、周りの人から好意を向けられたとしても素直に受け取ることが出来ません。
そうすると、誰かといてもいつも1人のような虚しさや寂しさを抱えることになります。

また、自分のことを好きになれないため、ちょっとした自分の欠点も許せず、さらに自分はダメだと否定をすることとなり、悪循環にはまっていってしまいます。

周りとうまくコミュニケーションが取れない

安全基地となりうる養育者の不安定さによって、うまくコミュニケーションが取れない経験が重なることにより、相手の顔色を必要以上に伺うようになる、自分の気持ちを抑えつける、自分の表現があっているかを気にするといった傾向がみられます。

例えば、悲しいことがあってそれを伝えた際におんなじ伝え方をしているのに「悲しかったね」と慰めてもらえる時と「うるさい」と怒られる時があったら、どうしたらいいのか分からなくなってしまいますよね。
いつも安心できず、何が正しいのか、OKなのかを気にしながら対応しなければいけません。

そうすると大人になった後も、必要以上に相手の顔色をうかがうために疲れてしまったり、自分の思っていることが言えなくてしんどくなってしまうことが多くなります。
親しい関係を築いたとしても、本当に思っていることを言っていいか分からず、嫌われないようにいつも気を張っているために、根本的な寂しさは拭えないままになってしまいます。

周りと関係を築くことが怖い

失敗したら怒られる、相手が思うように行動しないと自分を大切にしてもらえないという経験をしてきたことによって、相手にとって価値のない自分は見捨てられるという、見捨てられ不安を強く感じるようになる傾向があります。

いつか相手に見捨てられるではないかという不安と常に共にあるため、相手を試すような行動を取ってしまったり、捨てられる前に捨ててしまおうと周りと深い関係を築けなくなってしまうことがあります。

極端な寂しがり屋の克服は、安全基地を作り直すこと

安全基地が幼少期に作られるものなのであれば、大人になったらもう取り返しがつかないのかというとそうではありません。
今持っている基地が不安定なのであれば、安定しているものに作り直せばいいのです。

寂しがり屋を克服するということは、「寂しくなくなること」ではありません。
「寂しい」という感覚は、人の自然な感情なので消し去ってしまうと逆に不自然ですよね。

寂しくてしんどい、周りに迷惑をかけてしまっているという場合は、その極端な寂しさと向き合って、自然なところまで減らしていってあげることが必要です。
そのためには、安心・安全な感じを自分で掴めるようにしていくことが重要です。

例えば、自分が落ち着ける場所や趣味を見つけておくことは有効です。
どんなところなら自分は安心できるのか、どんなことが自分は好きなのかということを改めて見直してみることで、自分自身の中にある不安定な基地も見直すことに繋がります。
極端な寂しがり屋の人は、いつも人を求めてしまいやすいのですが、その結果として得られるものは一瞬だけであることも多いです。また、それを得られるかどうかは相手の出方によるため、やっぱりとても不安定ですよね。
一方で、落ち着ける場所や趣味は他者に左右されることがありません。寂しさは人以外でも満たすことが出来ます。自分が安心できるものと向き合って、こころを安定させる経験を積むことが大切です。

また、カウンセラーをいったん安全基地にすることによって、自分の抱えているものや感じていることを言葉にする練習を積むことや自分を大切にする感覚をつかんでいくことも出来ます。
安全基地が不安定な方は、自分の話を聞いてもらえた経験が少ないので、「自分の話を聞いてもらう」というだけで大きな一歩になることもあるようです。

自分や周りの人だけでは解決できないと感じられる場合は、一度カウンセリングもご検討ください。

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