
子育てに悩みを抱える親御さんの多くが口にする言葉に、
「私、ちゃんとできていないんです」
「子どもをダメにしてしまうのではないかと不安です」
というものがあります。
現代の育児情報はインターネットやSNSであふれ、他人の子育てと比べやすい環境が整っています。
そのため、プレッシャーを抱え込んでしまう方も少なくありません。
ここでご紹介したいのが、イギリスの小児科医であり精神分析家のウィニコットが提唱した「程よい母親(good enough mother)」という概念です。
◆完璧な親ではなく「程よい親」が子どもを育てる
ウィニコットによれば、子どもの健全な発達に必要なのは「完璧な親」ではなく、「程よい親」です。
これは、できていない自分を肯定するための言葉ではなく、むしろ発達理論に基づいた専門的な考え方です。
赤ちゃんの頃、親は子どもの欲求に応じ、泣けばすぐに抱き、必要に応じて授乳やおむつ替えをします。
この時期は、子どもが「世界は自分に応えてくれる場所だ」と感じるためにとても大切です。
▼「お菓子を食べたい」や「遊んで!」と言われたら・・・
もちろん応じられる時とそうでないときがあると思います。
食事の時間まで待たせる、「今仕事中だからあとでね」と我慢をさせることも必要です。
こうした「応じきれなさ」は、子どもにとって小さな「挫折」や「不満」を経験する機会になります。
実はこのズレこそが、子どもが現実と折り合いをつける力、我慢や工夫を覚える力につながっていきます。
つまり、常に完璧に求めていることに応じる親よりも、「十分に応じ、十分に応じきれない」親こそが子どもの成長を支えているのです。
◆「ちゃんとできていない」ことが成長を促す
カウンセリングに訪れるお母さんの中には、
「怒ってしまった自分を責めてしまう」
「子どもに十分な環境を与えられていないのでは」
という罪悪感を抱えている方が多くいます。
しかし、親が常に笑顔で優しく、子どもの要求に100%応えてくれる環境は、必ずしも健全な発達につながるわけではありません。
子どもにとって大切なのは「応じてもらえた経験」と「応じてもらえない経験」の両方をバランスよく持つことなのです。
それは子どもにとって「親も完璧ではない」「他者は思い通りにならない」という学びにつながります。
▼「どうして空は青いの?」と聞かれたら・・・
子どもが抱いた疑問にちゃんと応えたい気持ちが先回りし、親が疑問を解消してしまうこともしばしば見受けられます。
疑問に応えようと、「光の仕組みで…」と説明をすると子どもが考えたり想像する力が育ちにくいとされています。
「不思議だね、なんでだろう?」「夕方は別の色にもなるよね」と問い返す方が、子どもは自分なりに考えることが出来ます。
海も青いからなにか関係しているのかも…と知的好奇心を巡らせる子もいれば、
恥ずかしがって照れているのかなと共感や想像を巡らせる子もいるかもしれません
そうして一緒に考えたり、感じたりしながら、疑問や感覚の共有をすることが大切です。
◆「真の自己」を育てる関わり方
ウィニコットはまた、「真の自己」と「偽りの自己」という概念を提示しました。
子どもが親に程よく応答してもらえる環境では、ありのままの自分=「真の自己」を育むことができます。
一方で、親が過度に完璧を求めたり、逆に全く応答がなかったりすると、子どもは「親の期待に合わせるための偽りの自己」を作り上げざるを得ません。
外から見ると「手のかからないいい子」に見えても、内側では「本当の自分を出せない」という空虚感や不安を抱えやすくなります。
だからこそ、親自身が「できていない」と感じることは、子どもの成長に必要な余白である可能性があります。
◆孤独を抱える母親に必要なサポート
それでもなお、「わかってはいるけれど気持ちが楽にならない」という声も耳にします。
子育ての孤独は、理論だけでは癒やされない部分があります。
母親たちが直面するのは、子育てを「母親だけの責任」とする社会の雰囲気パートナーや周囲との温度差「ちゃんとしなきゃ」という内なる声。
こうした現実の中で、孤独感や無力感が積み重なっていきます。
カウンセリングでは、「十分に良い母親」という視点をお伝えするだけでなく、その方が抱える生活上の困難や孤立感を一緒に言葉にしていくことが大切です。
「あなたのせいではない」「子育ては一人で抱えるものではない」という事実を確認しながら、安心して自分を語れる場を持つことが、母親自身の回復につながります。
◆カウンセリングでできること
ウィニコットの「程よい母親」という考え方は、「子どもにとって完璧な親は必要ない」という安心を与えてくれます。
むしろ、完璧ではない応答の中でこそ、子どもは現実と向き合い、自分の力で生きる力を育てていきます。
一方で、母親自身が「十分に良い親でいられているか」と不安を抱え続けることは、心身に大きな負担となります。
そうした時には、一人で抱え込まずにカウンセリングを利用することも選択肢の一つです。
子育てはマニュアル通りにいかず、予想もしない連続の中で進んでいきます。
専門的な場で、自分の思いを整理し、安心して語ることができるだけでも、母親としての視点や子どもへのかかわり方が少しずつ変わっていきます。